父は、晩酌に高清水の二級酒を冷やでやって、テレビの野球中継で、巨人が負けるのを楽しみにしている人だった。
父方の親戚は、帰省時期や法事には、地元の秋田にいる我が家に集まるので、よく宴会が開催された。お酒はもちろん、おしゃべりや歌が好きな一族で、子供ながらに楽しかった。
ここまでは、ごく普通の話。
母方の祖父は、むかし酒乱だったらしい。祖母と母は、その記憶があるので、その記憶がない子供の私の目からみると「もっと優しくしてあげればいいのに」と思うぐらい、祖父に冷たかった。
年をとって温和になった祖父は、それでも懲りずにお酒を飲み、幼い私に「お酒は表面張力まで注がなきゃだめ」と実技指導し、祖母や母に叱られながらも飲みつつ、もう結構と言っている娘婿に笑顔で酒を勧めまくる人だった。
その祖父の息子、すなわち私の叔父は自衛隊あがりのアル中で、これまた相当に大変だったらしい。
話を父方に戻すと、祖父はビールが大好きで、たくさん飲むためにビール瓶の栓を抜いて冷蔵庫に入れ、炭酸を抜いて麦茶がわりに飲んでいたと聞いている。そんな人の話、他で聞いたことがない(苦笑)
その父、すなわち、父方の私の曾祖父が、これまたアル中だったらしい(汗)
鶏をさばくことを生業としていたそうだが、朝から一杯やらないと、手が震えて仕事にならなかったとか。
長男(すなわち、父の兄)は立派に教師になったが、校門の前に曾祖父が酔っ払って寝ています、と通報があって、世話をしたとか、しないとか。
列挙しているだけで、うちの家系ってどないやねん・・・(汗)と、笑えないネタが続く。
そんな親戚たちを嫌ってはいなかったけれど、子供じゃなくても、シラフの人から見たら、酔っ払いって基本、ろくでもないわけで、
「酔っ払いって最悪。私は絶対にお酒飲まない人になる!」と、思っていた。
はずだったのに。
いや、これは遺伝なのだ。
私のせいではない。
仕方がないのである。
酒乱だの、アル中だのじゃないんだから、可愛いものよ。
それでも。飲みすぎちゃって、みんなのお世話になったり、記憶がとんじゃって、ちょっとだけ絡んだり・・・なんて最近めっきり減ったとは言え、なくもないわけで。
同じように娘が「私は絶対にお酒飲まない!」と言っています(汗)
年に2回は田舎に帰省する。父と、亡くなった母の話をしたり、相変わらずの父の昔話を、何度も聞いた落語のように聞いたりする時、傍らには、いつも酒がある。
父も私も、お酒のせいにして、よくしゃべる。私の成長期には、私の未熟さと、親子という上下関係がジャマして度々ぶつかっていたけれど、「おじいちゃん」と「おばちゃん」になった今は、単純に楽しい時間を過ごす。
昨年ついに、ずっと言いたかったことを、軽口のようにさらっと言ってみた。
「何か、大きなことを成したかったけど、できなくて、ごめんね。」
これは、素面じゃ言えない。父もきっと、素面じゃ聞けない。
「大きなことなんて、成さなくたっていいんだよ。元気でやっていれば。」
心底酔っていたら、泣いてしまっていたと思う。
私たちは、お酒を小道具にして、人生を鮮やかに彩ることもできるのだ。
(とは、酒のみの言い訳だ。笑)
