私の父は、学生時代は体操選手だった。それで推薦で大学に行き、体育教師になったヒトである。
うちの父の兄弟には、同じような男子が、あと2人いる。その小さな田舎町は一時、「体操王国」と呼ばれていたそうで、長男はオリンピック選手の候補にまでなったらしい。
体育教師同士で結婚した人もいる。小さな田舎町で、親戚に「体育の先生」が4人もいれば、みんなそれを知っている。
学校の体育の先生が父の教え子だったり、家に帰ると体育教師が揃って飲んでいたり、胃薬を飲むから水を持ってきてくれと私に頼んでいるのが、昼に体育の授業をしてくれた先生だったり・・・それが通常だった。
そんな環境だというのに、この私、クラスでビリを争う運動オンチだったのですよ(涙)
運動会のかけっこでビリとか、ビリから2番目とか、そんなの当たり前である。
自慢じゃないが、人生で1度も、逆上がりができたことがない。
体育の授業中、「お前は本当に、あの先生の娘なのか?(苦笑)」と言われ、言われなくても言われているようで、体育が大嫌いになっていった。
今思えば、唯一、父と一緒に楽しめるスポーツが、夏の海での泳ぎだった。家族で磯浜に行って、1日ゆっくり過ごすのが大好きだった。
陸の上では、何をやっても鈍くさいけれど、海の中では「あまり調子にのるなよ」とたしなめられるぐらい、自由だった。
私が海好き、泳ぎ好きな理由の1つが、これなんじゃないかと思う。
あわせて、夏は幸せな記憶が多い。
夏休みになると遠くに住む親せきも帰省してきて、従妹が家に泊まったり、お祭りや夜店に出かけたり、ごちそうやスイカを食べたり、昼寝をさせられたり。
庭にある家庭菜園から、とうもろこしをもいで大量にゆで、トマトをまるかじりして、近所の人がおすそ分けしてくれた枝豆を新聞紙の上で枝からはずすのが私と弟の仕事だった。あの頃の野菜が、人生で一番美味しい。
朝の公園のラジオ体操。遊び道具だった蚊帳。好きだったブタの蚊取り線香の香り。
そして、夏の香りと言えば、海の家で食べるイカ焼きと、家の台所で父が焼く、サザエのつぼ焼きの香りである。
イカ焼きは、イカ刺しが好きだったので、あまり心がときめかなかった。でもサザエはその頃、生で食べる習慣がなかったし、食卓に一家全員分並べるにはちょっと値がはる「特別」だったから盛り上がった。
父がガスコンロに網をかけて、サザエを乗っけて、殻に酒と醤油を流し込む。その段取りから見ているのが好きだった。磯の香と、醤油がこげる匂いが混ざる。あれこそが、夏の香り。
それにしても、ごはんのおかずにはならなかったと思うんだけど、エグみも好きだったし、くるくるっと巻いた肝なんか、あの頃から大好物だった。
今はすっかり「サザエは刺身」派。でも、お店でサザエの殻を見つけると瞬時で彷彿するのは、つぼ焼きの香りだ。あの頃の、特別なごちそう感を思い出して、ワクワクする。
久々に、台所で焼いてみようかな。
香りも、ごちそう。
そして、思い出は最高のごちそうである。